六本木での一連の出来事を経て、久美は自分の身体が何を求めているのか、もはや自分でも分からなくなっていた。男に抱かれ、挿入されれば、あの熱い悦びが再び訪れるはずだと信じていた。だが、どんな男と肌を重ねても、彼女の期待は裏切られるばかりだった。身体は反応するものの、心が満たされることはなく、虚しさだけが残った。ジェイクとの激しい一夜さえ、彼女に衝撃を与えただけで、あの深い陶酔には程遠かった。彼女はベッドの上でシーツを握り潰し、「なぜ？」と呟くことしかできなかった。
その夜、家に戻った久美は、薄暗い部屋でひとり鏡を見つめた。裸の身体に目をやると、組織のボスに愛された余韻がまだ残っているかのように、肌が微かに熱を帯びていた。彼女は改めて気づいた――あの男が、自分にとって特別な存在であることを。他の誰でもなく、彼が彼女の身体と心に消えない痕を刻んだのだ。だが、なぜその快感が忘れられないのか、なぜ身体が彼を求め続けるのか、その理由が分からず、久美はただ悩むばかりだった。
静寂の中で、彼女の記憶は自然とあの監禁部屋へと引き戻された。あの男――組織のボス――が初めて彼女に触れた夜。冷たい鎖に繋がれ、裸で壁にもたれていた久美の前に、彼が現れた。巨躯から放たれる威圧感と、獲物を値踏みするような瞳。男はゆっくりと彼女に近づき、大きな手で頬を撫で、首筋を這い、胸元を愛撫した。執拗で、しかし計算されたその動きは、久美の身体を熱く疼かせた。彼が彼女の脚を開き、深く挿入してきた瞬間、彼女は初めて味わう悦びに震えた。男の腰は力強く、緩急をつけて彼女を貫き、彼女の叫びを引き出した。あの感覚――熱く、深く、彼女の理性を溶かすほどの快楽――が、彼女の身体に焼き付いていた。
回想の中で、久美の指は無意識に自分の肌を這った。あの男の手が触れた場所をなぞり、彼の熱い息が耳元で響くのを想像した。挿入の律動が蘇り、彼女の息が乱れた。あの時、彼は彼女を完全に支配し、彼女の身体を自分のものにした。行為のたびに彼女を新たな高みへと導き、彼女が「もっと」と懇願する姿を見て満足げに微笑んだ。あの快感は、他の男では決して再現できないものだった。ジェイクの野性的な動きも、前の男の雑な愛撫も、あの男の与えた深い充足感には及ばなかった。
「どうして…あの人じゃないとだめなの？」久美は鏡の中の自分に問いかけた。彼女の心は混乱していた。組織のボスは敵であり、彼女を屈服させた男だった。理性では憎むべき存在なのに、身体は彼を求め、記憶は彼を追い続けていた。彼女はあの快感が特別だった理由を理解しようとしたが、答えは見つからない。男の力強さか、彼女の心を読み取るような愛撫か、それとも彼女を完全に支配したその瞬間か。どれもが絡み合い、彼女を縛っていた。
久美はベッドに倒れ込み、目を閉じた。身体が疼き、心が虚ろだった。男に挿入されるだけで感じるはずだという期待は砕け、彼女は自分の欲望があの男にしか向けられないことに気づいてしまった。だが、彼のもとに戻ることはできない。捜査官としての過去も、誇りも失った今、彼女に残されたのは、満たされない想いと、忘れられない快感の記憶だけだった。彼女はシーツに顔を埋め、小さく嗚咽を漏らした。理由の分からないまま、彼女の心と身体はあの男を求め続けていた。
やがて、久美は自分の気持ちに気づいてしまった。それは、長い葛藤と虚しさの中で、静かに浮かび上がった真実だった。彼女は組織のボスに身体だけでなく心までも奪われていたのだ。あの監禁部屋で繰り返された行為は、単なる肉体的な快楽を超え、彼女に絶対的な服従の気持ちを植えつけていた。どんな命令にも逆らえず、何をされても悦びを感じる――男に支配され、服従し、屈辱さえも甘美な喜びに変える心。それが、彼女の中で芽生え、根付いていた。
久美は思い出した。あの男が彼女を鎖に繋ぎ、裸の身体を冷たい壁に押し付けた夜。巨躯の男は、彼女の顎を掴み、鋭い瞳で彼女を見下ろした。「俺のものになれ」と低く囁き、彼女を愛撫し、深く貫いた。挿入のたびに彼女の身体は震え、彼の命令に従うたびに心が熱くなった。彼が彼女の髪を掴み、「白状しろ」と迫った時でさえ、屈辱的な状況に抗うどころか、彼女はどこかでそれを悦びと感じていた。あの男は、セックスの快感を超えた支配の喜びを、彼女の身体と心に徹底的に仕込んだのだ。
鏡の前で、久美は自分の身体を見つめた。男に触れられた場所――首筋、胸、腰、内腿――は、今も彼の手の感触を覚えているかのように疼いた。彼女は悟った。男とのセックスそのものよりも、彼に支配されること、服従すること、そしてその屈辱さえも悦びに変える心こそが、彼女を強く縛りつけていたのだ。それは、肉体的な快楽を超えた、もっと深く強烈な感覚だった。彼女の身体は、もう組織のボス以外には悦びを感じられないように調教されていた。そして彼女自身、彼の所有物以外の何者でもないことを自覚してしまった。
その気づきは、久美の心に奇妙な安堵と不安をもたらした。安堵は、自分が何を求めていたのか、なぜ他の男では満たされないのかがようやく分かったからだ。彼女は男に完全に支配され、その支配下で生きることこそが、自分の本心だと認めた瞬間、混乱が少しだけ和らいだ。だが同時に、不安が彼女を苛んだ。捜査チームを離れ、経理部署に追いやられた今、組織のボスと再び出会うことはない。彼のもとに戻ることも、自分から会いに行くことも、彼女には到底できない。かつての捜査官としての誇りや理性は薄れていても、彼に近づく勇気はなかった。危険すぎるし、戻れば二度と逃れられないことも分かっていた。
夜、ベッドに横たわりながら、久美の心は揺れ動いた。男の低い声が耳に蘇り、彼の熱い手が身体を這う感覚が甦る。「お前は俺のものだ」と囁かれた言葉が、彼女の心に刻まれていた。彼女は目を閉じ、その記憶に身を委ねた。身体が疼き、息が乱れ、彼に支配される悦びが彼女を包んだ。だが、現実は冷たく、男は遠くにいる。彼女は彼の所有物でありながら、彼に触れられないという矛盾にさいなまれた。安堵と不安の間で、彼女の心は彷徨い続けた。
久美はシーツを握り潰し、小さく呟いた。「私はもう、あなたなしでは生きられない…」。それは絶望の告白であり、同時に彼女の本心だった。組織のボスに仕込まれた服従の悦びは、彼女の身体と心から決して消えることはない。だが、彼と再会できない現実が、彼女を静かに苦しめ続けた。彼女はただ、男の影を追い求めるだけの存在となり、満たされない欲望と向き合いながら、日々を過ごすしかなかった。
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