久美はとうとう自分の欲望に抗えなくなった。鏡の前で派手な赤いドレスをまとい、濃いアイシャドウと真紅の口紅で顔を飾った。かつての捜査官の面影は消え、夜の街に溶け込む妖艶な女がそこにいた。下着はフランス製の黒いレース、透ける生地が肌に張り付き、挑発的な曲線を強調する。お色気たっぷりのその姿に、彼女自身が一瞬たじろいだが、心の奥で疼く衝動を抑えきれなかった。六本木の裏通りを、暇そうに歩きながら、彼女は自分を誘う何かを待っていた。
すぐに男が声をかけてきた。三十代半ば、脂ぎった笑みを浮かべたその男は、久美の派手な装いと誘うような歩き方に目を奪われていた。彼の意図は明らかだった――一夜の快楽を求め、目の前の女を自分のものにすること。久美は迷わずその誘いに乗った。理性よりも、身体に残るあの感覚を埋めたいという衝動が彼女を突き動かした。男の手が肩に触れ、耳元で甘い言葉を囁かれると、彼女は虚ろな笑みを浮かべてラブホテルへと足を進めた。
部屋に入ると、男は我慢できないとばかりに久美の身体に手を伸ばした。彼の意図は単純で、欲望を満たすためだけに彼女をまさぐった。太い指がドレスを乱暴に剥ぎ取り、彼女の胸を揉みしだき、首筋に唇を押し付けた。荒々しく、しかし雑に彼女の肌を這う手は、快楽を与えるというより自分の満足を優先していた。男が彼女の脚を開き、熱っぽい息を吐きながら挿入してきたとき、久美の心は期待で膨らんだ。あの組織のボスに刻まれた悦びを、再び味わえるのではないかと。
だが、男が動き始めた瞬間、久美の期待は裏切られた。挿入の感覚は浅く、角度は的外れで、強さも中途半端だった。組織のボスが与えた、あの深く力強い律動とはまるで別物だった。彼女の身体は反応せず、心は冷えていくばかり。男は自分の快楽に夢中で、彼女の微妙な表情の変化に気づくこともなかった。彼の意図は、ただ自分の欲望を吐き出すこと。それ以上の繊細さも情熱も持ち合わせていなかった。
久美は虚しさを隠すため、わざと演技を始めた。「あぁ…気持ちいい」と甘い声を上げ、男が喜ぶように身体を震わせた。男はそれに気を良くし、さらに激しく腰を動かしたが、彼女にとってそれは苦痛でしかなかった。心の中で「早く終わって」と願うばかり。だが男は予想以上に長く、執拗に挿入を繰り返した。汗に濡れた身体を彼女に押し付け、満足げに喘ぎながら、彼は自分の行為に酔いしれていた。久美はただ耐えるだけだった。快感はなく、虚無と苛立ちだけが募った。
ようやく男が果て、満足そうに彼女から離れると、久美は最後の演技を仕上げた。身体を震わせ、泣きじゃくるふりをして男の虚栄心をくすぐった。「すごかったよ」と囁きながら涙を拭う仕草は完璧だったが、心の中は冷たく乾いていた。男と別れ、ひとり家路につくと、彼女の身体に再びあの感覚が襲いかかってきた。組織のボスに挿入されたときの記憶――熱く、深く、彼女を狂おしい悦びで満たしたあの感触が、鮮やかに蘇った。膝が震え、息が乱れ、彼女は壁にもたれて目を閉じた。
その瞬間、久美は気づいてしまった。あの男――組織のボス――が、彼女にとって特別な存在であることを。彼の手、彼の動き、彼の与えた快楽が、彼女の身体と心に消えない痕を残していた。他の男では埋められない空白が、彼女を苛んだ。虚しい一夜を過ごした後でも、彼女の欲望は彼を求め続けていた。「どうすればいいの…」と呟きながら、久美は混乱に飲み込まれた。理性では拒絶したいのに、身体は彼を求め、心は彼の影を追い続けていた。彼女は自分がどうしていいのか、もはや分からなくなっていた。
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